小説感想 国枝史郎「神州纐纈城」



神州纐纈城 (河出文庫)

神州纐纈城 (河出文庫)


武田信玄の寵臣土屋庄三郎は、夜桜見物の折、古代中国で人血で染めたという妖しい深紅の布、纐纈布に出遭う。その妖気に操られ、庄三郎は富士山麓の纐纈城を目指す。そこは奇面の城主が君臨する魔界、近づく者をあやかしの世界に誘い込む。"業"の正体に圧倒的な名文で迫る、伝奇ロマン不滅の金字塔。



つくづく未完なのが悔やまれる・・・ッ!


国枝史郎本人が「国枝作品はジャズのアドリブのようなもので、自由自在に変転し、謎が謎を呼び、読者がどこに連れて行かれるか、全く予想させない。作者自身も先の展開などあまりこだわっていない・・・」とゆーことを言っている*1んですが、本書はまさしくそんな感じの展開。「とりあえず思いつきました」「面白ければいいっしょ?」「ええいっ暴走だ暴走!」的展開で、もう伝奇小説のガジェットがてんこ盛り。登場するキャラクターも土屋庄三郎、鳥刺、三合目陶物師、纐纈城城主、塚原卜伝・・・などなど、一線を越えまくった魅力あふれるキチガイばかりで、まったくもって先が読めません。さらに国枝節とも言える文体がまたリズム感溢れるナイスな読み心地で、眩暈を覚えるほどにくらくらと文章に酔ってしまいます。一番好きなシーンをちょいと引用してみますか。

「大いなる命の存在を、認めることの出来た時、人は限りなく弱くなる。その弱さが極まった時、其処に本当の強さが来る。私は聖者でも何んでも無い。只弱さの極まった者だ。・・・其処でお前に訊くことがある。何故お前は人を殺すな?」
「ハイ。」と陶物師は弱弱しく「居たたまれないからでございます。必要だからでございます」
「活きて行く上の必要からと、斯うお前は云うのだな」
「ハイ、左様でございます。心の中に鬼がいて、それが私を唆して、人を殺させるのでございます」
「もし唆しに応じなかったら?」
「あべこべに私が殺されます。ハイその心の鬼のために食い殺されるのでございます。自滅するのでございます」
「併し、たとえ、人を殺しても、お前の心は休まらない筈だ」
「只、血を見た瞬間だけは・・・」
「心の休まることもあろう。併し直ぐに二倍となって、不安がお前を襲う筈だ」
「で、また人を殺します」
「すると直ぐ四倍となって、不安がお前を襲う筈だ」
「で、また餌食を猟ります」
「血は復讐する永世輪廻!」
「で、また餌食を猟ります!で、また餌食を猟ります!で、また餌食を猟ります!で、また餌食を・・・で、また餌食を・・・地獄だ地獄だ!血の池地獄!」
「無間地獄!浮ぶ期あるまい!」
「お助け下され!お助け下され!」
「恐ろしいと思うか。恐ろしいと思うか」
「恐ろしゅうございます!ああ恐ろしい!」
「懺悔だ!」



・・・うーん、漫画版でも思ったけど、ほんとこの辺のくだりは何度読んでもいいな。この会話のリズムが実にいい。この辺にグッと来た方なら、本書を読んでも損はしないはず。まぁ未完だからラストで悶絶することになるんだがな!


一応石川賢氏による漫画版・神州纐纈城はちゃんと完結(ただし氏のアレンジが大幅に入ってますけど)しているので、本書を読む際にはそちらも合わせて読まれてみてはいかがでしょ?確か漫画版も文庫落ちしていたと思うので、割と入手しやすいと思うし。・・・まぁ本書のみ読んで、自分なりのオチを妄想して楽しむっつーのも十分すぎるほどアリですけど。


・・・しかしこれ、ほんと未完なのが勿体ないよなぁ。ケン・イシカワ版も大好きなんだけど、できれば国枝氏が構想(?)していたラストがどんな感じになったかをすげー知りたいぞ。

*1:漫画版・神州纐纈城の後書きより引用